今年も快腸

その他
01 /01 2020
皆さま明けましておめでとうございます。

12~3年前に「ヨーグルトを食べている人はインフルエンザにかからない」というのを聞いて、それから毎朝ヨーグルトを大きなカップで一つ食べるのを習慣にした。
250ml以上食べたらいいらしいから、大きなカップだと充分過ぎる量だ。
ところが10年前の大震災の後で店からヨーグルトがなくなってしまい、これは自分で作ったほうがいいと思いこんで友人から自家製ヨーグルトの種を貰って増やすことにした。
実際はあの時ヨーグルトだけでなく牛乳も店先から姿を消したから、いくら自家製ヨーグルトでも作れなくなってしまうのだが、バカだからその時はそう思いこんだのだ。
以来10年間自家製ヨーグルトを食べ続け、体調はすこぶる良い。
ヨーグルトを作り始めてから2~3年目に、一度ヨーグルトがだんだん元気がなくなって死んでしまって、また友人から種を貰ったことがあったが、それからは「成分無調整」の牛乳だけを使うことにしたら、今でも元気に生き続けている。
失敗したときは少しならいいだろうと、たまに加工乳を使ったこともあったのだ。
自家製ヨーグルトは成分無調整の牛乳でなければダメらしい。

ヨーグルトを毎朝丼一杯食べるようになってからインフルエンザにかかってないが、その前からもずっとインフルエンザにはかかってなかったから、果たしてそれがヨーグルトの効果かどうかはわからない。
私がインフルエンザらしいものになったのはその前の人生で数回あったが、どれも医者に行かずに治してしまったからはっきりとはわからないのだ。
他の風邪と違って、まず腹に力が入らなくなってやたら大便の出が良くなり、そのうち関節にも力が入らなくなってから高熱が出て、しばらく高熱が続いてから治るというのが私のインフルエンザのパターンだったと思う。
もしかしたら風邪なのかもしれない。
特に今の灯油巡回販売の会社に入ってからは、義務なので必ずシーズン初めにインフルエンザワクチンを接種しているから、ますますインフルエンザにはかかりにくくなっていると思う。

ヨーグルトを食べるようになって一番変わったのは、便通が良くなったことだ。
私は若い頃は便秘気味で、一応毎日は出るのだがずっと下腹部に残った感じがあって不快な日が続いたものだった。
30代に入ってから便秘は解消したが、それでも便意を我慢するとしばらく出にくくなることがあった。
ヨーグルトを食べるようになってからはそういうことはなくなり、毎朝起きてしばらくすると便意がして、便器に座れば力まなくてもスルスルッと出て、立って後ろを見ると便器の中には太くて立派なモノがとぐろを巻いていて「こんな太いのがよく肛門からスルスル出るものだ」と感心するほどだ。
大便の成分は食べ物から栄養を搾り取ったカスだと長年思っていたが、実はほとんどが腸内細菌の死骸なのだという。
だとすれば私の腹の中では、毎日こんなに大量の腸内細菌が生まれては死んでいるのだろう。
「腸内フローラル」というのは腸の中のお花畑という意味で、善玉菌がたくさんある腸を顕微鏡で見るとまるでお花畑のようだからそういうらしい。
私の今の腸内環境も腸内フローラルが満開だと思う。
63歳になる今はあちこち衰えはあるものの、持病一つなく健康で過ごしていられる要因の一つは、毎朝の自家製ヨーグルトのおかげだと思っている。
毎朝自家製ヨーグルトを丼一杯にオリゴ糖をかけて、バナナを一本入れて、それとリンゴを一つか、リンゴがない時期はグレープフルーツを食べるのが私の朝食だ。
これからも健康に暮らすためにこの習慣は続けて行きたい。

年頭にこのネタを書こうと思ったときに、できたら巳年の時に書けば良かったなと悔やんだが、63歳にもなってこういうしょうもないことで悔やむ人間を、今年もよろしくお願いします。



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四千万歩の男

12 /18 2019
今年の夏北海道に行ったら、函館の近くの海岸に伊能忠敬が測量している銅像があって、昔読んだ井上ひさしが書いた「四千万歩の男」という小説のなかに、伊能忠敬率いる測量隊が蝦夷地に上陸するシーンがあったなと思い出した。
四千万歩の男を読んだのはもう20年以上も前のことで、内容はすっかり忘れていた。
忘れるのも道理で、家に帰って古本屋で買ったこの本を探したら、一冊が600頁以上もある文庫本が五巻もあって、全部のページ数はなんと3276頁だ。
こんな膨大な書物の中身をいつまでも覚えているわけがない。
それに20数年前にこれを読んだときは、内容があまりに煩雑に感じられてかなり斜め読みしたような記憶がある。
あのときはこんな分厚い本を、おそらく一週間ぐらいで読んでしまったのではないか?
読んだのは冬の出稼ぎ先が見つからなくて友人の家に居候してぶらぶらしていた時期で、退屈しのぎに古本屋で買ったはいいが、内容があまりに膨大なのでたぶんストーリーだけ追いかけたのだろう。

秋になって西目屋の山に舞茸採りに行ったら、菅江真澄の歩いた跡という標識を発見し、菅江真澄のことも四千万歩の男に書いてあったよなと思い出して、この分厚い小説をぜひまた読みたい気持ちが強くなった。
とは言え秋は一年で一番忙しい時期なので小説を読んでいる時間などなく、今回出稼ぎにこの本を持参して休憩時間に読むことにし、一ヶ月ほどでようやく読み終えた。

内容は、伊能忠敬が初めて測量の旅に出る年の正月から、その翌年伊豆の測量行を終えてまた本州東海岸の旅に出るまでの一年八ヶ月のことを「これでもか!!」とばかりに詳しく書き、なおかつ作者がこしらえたフィクションもてんこ盛りに添えられた小説で、伊能忠敬の測量の旅だけでも大変なことなのに、それに江戸時代の様々な出来事や人物、文化、制度なんかも複雑に絡めてあるのだから、たった一年八ヶ月を書くのに3276頁もかかるわけだ。
井上ひさしさんも後記で書いているが、この調子で伊能忠敬の人生や、さらにその後の伊能図がもたらした影響まで書くとなると、作者は125歳まで書き続けなければならない勘定になるそうだ。
結局井上ひさしさんはこの続編を書くことなく亡くなってしまったが、あんなに内容をてんこ盛りにしないで、資料に忠実に伊能忠敬のことだけを書いていれば最後まで書きとおすことができただろうになとちょっと残念でもある。
しかし、この小説の中で伊能忠敬が同時代に生きたたくさんの人と絡んでくれたおかげで、江戸時代の文化や歴史の豊かさや奥深さを知ることができて良かった。
日本の江戸時代は世界でも類を見ない凄い時代だったのだと改めてわかった。
井上ひさしの小説だから「そんなバカな~」と思う箇所はいくつもあるが、そこはニヤリと笑って読み過ごせば読了後はずっと賢くなっていること請け合いだ。
(たぶん、内容のほとんどはすぐ忘れると思うが)
よほど暇な人間でなければ読めない本だが、皆さんにもお勧めする。

ところで、井上ひさしは原稿料を稼ぐ目的か、この小説の中でいろいろ調べたことを羅列するというのを何回もしているが、蛙の方言を並べている場面もあって、それは別に構わないのだが津軽で蛙を「モッケ」と呼ぶことには触れてないのが納得できなかった。
津軽では「ビキ」「ゲアロ」と言うと、作中でお捨という娘に言わせている。
ビキではなくビッキと呼ぶ地方も東北には多いようだが、我々が子供のころビッキといえば赤ちゃんのことだった。
昔、音楽の時間に「おいらの古里は東北のゲロビキがゲロと鳴く村だった」という歌を習ったことがあるからゲロビキ、ゲロも東北では一般的なのかも知れない。
モッケの語源がどこから来たのかは知らないが、井上さん自身東北出身だから東北の方言には強いはずなのに、なぜ津軽弁では蛙を「モッケ」と呼ぶのがわからなかったのだろう?



9年越しのbluetooth

道具、モノ
12 /04 2019
9年前に灯油巡回販売の仕事を始めたら、車を運転中に電話がかかってくることが多くなった。
それまでは(オフシーズンは今もだが)運転中どころかめったに電話がかかってこないから不便を感じてなかったが、こんな交通量が多い道でしょっちゅう電話がかかってきたらものすごく困る。
いちいち路肩に車を寄せて電話に出ていられないし、後でこっちからかけると電話代が高くなる。
同僚の中には電話とイヤホンを有線でつないで手放しで話している人もいたが、耳になにやら補聴器のようなモノをつけて独り言みたいに電話している人もいて、聞けばbluetoothなるモノらしい。
これは格好がいいなと思った私は、休みの日に遠くのホームセンターに行ったときにそのbluetoothがあったので、店員に「私の携帯でもこれ使えますか?」と尋ねたら「たぶん大丈夫」と保証されたので買ってきた。
3千円近くしたと思う。
寮に帰ってからさっそくbluetoothと携帯のマッチングをしてみたら、ナント「この機種ではできません」となっていた。
3千円近くもしたのに使えないだと!?
金がなくて出稼ぎに来た私は一瞬目の前が真っ暗になった気がした。
今なら仕事中でもそのホームセンターに行って突き返して返金してもらうのだが、当時の私はまだそんな余裕はなく、次の休みにまた遠くまでテクテク歩くのも面倒で結局そのまま泣き寝入りしたのだった。

bluetoothはあきらめて有線のイヤホンをずっと使い続けてきたのだが、長いこと使った携帯電話のサポートが今年の8月で終わるとこの春ドコモから通達が来て、ずいぶん勝手な話だと思ったが仕方なく新しい携帯を買った。
以前の携帯はfomaだったが今回のは違うので、それ以前の充電器は使えないしイヤホンも合わなくなっていた。
そこでモノは試しに9年前に買ってそれっきり仕舞っておいたbluetoothを探し出してマッチングしたら、ナント、ナント使えるんではないの!
さすがに9年も使ってないからすぐ充電がなくなってしまうが、一通話でもできるなら上出来だ。
今は毎朝一番にbluetoothの充電をして、後はいつでも耳にかけられる準備をしている。
これなら厳しくなった改正道路交通法も安心だ。
9年前は3千円をドブに捨てたと思ったが、あることさえ忘れていた今はいい拾い物だと喜んでいる。
9年間放ったらかしでもちゃんと使えるとはさすが日本製だな。

アシバヤに去れ

巡回販売日記
11 /27 2019
我々巡回販売はよく道をふさいで交通の妨げをしているが、我々などは道をふさいでもせいぜい2~3分程度だが、世の中には何時間も道をふさいで仕事をしている連中が多い。
引っ越し屋も狭い道に車を停めて何時間も交通の邪魔をするし、特に建設関係では大工や解体屋も何時間も、下手すれば何日も道をふさいで仕事をしている。
中には交通誘導のガードマンを置かず、当局から許可も取らないで、我が物顔で道を占有している奴もいるから腹が立つ。
私はそういう連中がいても低姿勢で道を譲ってくれるようにお願いするか、手前にタンクローリーを停めて奥まで歩いて行ってポリタンクが出てないか確認している。
腹は立つが喧嘩してもなんにもならないし、争っている時間がもったいない。
どうしても通れないところは後で巡回すればいいことだ。
しかし、一度だけあまり腹が立って警察に通報したことがある。

「新青梅街道」という交通量が多い道から狭い路地に入った時のことだ。
いつもその隣の路地から新青梅街道に出て、すぐにその車がすれ違えない狭い道に入って抜けて行くのだが、そのときは新青梅街道から入って50mほどのところで家を解体中で、道の真ん中に恐竜の嘴のようなハサミを持つ重機がデンと鎮座して道が通れなかった。
作業員がいたら重機をどかすように言うのだが、ちょうど昼休みなのか誰もいない。
狭い道だからタンクローリーを方向転換する場所もなく、まさかバックのままで交通量が多い新青梅街道に戻るのは考えられない。
途方に暮れていたら近所の人が出てきて「うちの庭で方向転換してもいいですよ」と言ってくれたので助かった。
聞けば、朝から何台もそうして方向転換してるという話だった。
それなら作業員がいたとしても道は譲ってくれないのか。
そんなふうに道を通れなくしているなら、せめて新青梅街道からの入り口にガードマンを配置するのが本当だろうに、案内板を置くことさえしていない。
なんてふざけた連中だ!てめえら叩っ切ってやる!!
と、桃太郎侍ばりに頭に来て、斬るわけにはいかないので東村山の警察署に通報したのだった。
連中はどうせ道路の占有許可も取ってないだろうから、お巡りさんに油を搾られたことだろう。
いい気味だ。

こんな悪質な奴はまずいない。
たいていの解体屋は解体する場所でガードマンが誘導するようにしている。
大工も家を建てるときはちゃんとガードマンを配置している業者が多い。
今は昔と違って何事も「コンプライアンス」の時代だからだろう。
しかし、建設関係で唯一ガードマンを置かず、たぶん道路の占有許可も取らずに我が物顔で道をふさいで謝りもしない連中がいる。
それは足場を組む足場屋だ。
私は今まで何十回も足場屋に道をふさがれて遠回りをしたり、巡回する時間を変更させられたが、足場屋が道をふさいでいるのを謝ったりガードマンを置いているのを見たことがない。
「こいつら本当に道路の占有許可を取っているのか?」と疑わしいことも多い。
ちゃんとやっていたら商売にならないというのならまだわかるが、以前見たテレビでこの足場屋を取り上げていたことがあって、内容は若いころ不良だった奴が足場屋を始めて更生して、今では昔の自分と同じような若いのを何人も使い、皆にいい給料を払って幸せにやっているという話だった。
足場屋は儲かるらしく「中には100万円を超す月給を稼ぐ人が何人もいるんですよ」と自慢げに言うその男を見て殺意を覚えた。
そんなに儲かっているんならガードマンぐらい雇えよ。
そのテレビに映っていた人の会社がガードマンを雇ってちゃんとやっているかどうかは知らないが、私は今までちゃんと法律を守って交通の迷惑にならないようにしている足場屋を見たことがないのだ。
他の足場屋も毎月100万円も給料を払えるぐらい儲かっているなら、せめて日給8000円のガードマンを一人置いてほしいものだと思った。

ところで「てめえら叩っ切ってやる」は桃太郎侍じゃなくて「破れ傘刀舟」だったかな?

出稼ぎ生活が始まった

巡回販売日記
11 /13 2019
また東京に出稼ぎに出てきて日曜日から働き始めた。
津軽も今年は暖かい秋だったが、こっちの暖かさは段違いで昨日などは22℃にもなり、シャツを腕まくりしてちょうどいいぐらいだった。
関東はこれからの時期ずっと晴天続きで、毎日天候が目まぐるしく変わって寒々しい日本海側の津軽から見れば、まさに別天地だ。
冬の時期こんな気候がいい場所で過ごせるのはありがたい。
しかし、日々の暮らしは関東の快晴の空のようにはいかない。
毎日毎日ストレスが溜まることばかりだ。
子供のころから怒りっぽい私だが、なんとか切れずに春まで稼ぎたいと思っている。

昨日のNHKラジオの武内陶子の番組で、ゲストで来た精神科医の「名越康文」が気分転換の息の仕方を伝授していた。
まず息を吐き切り、次に鼻から深く息を吸い、4秒息を止める。
次に8秒かけて息を吐きだす。
本当は10秒かけて吐き切るのがいいらしいが、初心者は無理しなくていいとのことだ。
これを何回か繰り返せば「怒りなんか忘れてすっきりするはず」らしい。
嘘か本当かわからないが、切れそうになったらこの呼吸法で乗り切っていこうかな。


マイタケオヤジ

津軽の山菜キノコ採りが大好きなオジサンです。